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あなたの恋愛タイプはどっち?

女性には恋愛タイプが2つあります。

それが愛のダッシュ派と愛の持続派です。

どちらのタイプも悪いという意味ではありません。

 

どちらのタイプも恋愛では失敗を経験するものなのです。

しかし、この2つのタイプの恋愛の仕方は全くといって違います。

今回はこの2つのタイプについてエピソードを交えてご紹介します。

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あなたの恋愛タイプはダッシュ派?持続派?

 

私は長いこと、「爪の先まで女」という人、情熱の恋に身をまかせられる女性に憧れていました。

そんな女の人と恋愛の話をするたびに、何だか自分が計算高く感じられ、恋に身を投じられない思いきりの悪さは人生にも通じるかも、などと拡大解釈して落ちこむこともあった。

「あなたみたいに態度がはっきりしない女は、結局男にとって面白くないと思うわよ」と言われたこともあります。

 

その指摘はあたっていると思ったから、けっこう後々まで尾をひいた。

「しばらく一緒に暮らそう」と両肩に手をおかれでも首を縦にはふらないくせに、いつまでも彼のセーターの袖口をつかんで離さないような、しぐさが私にはあった。

男の人はその不可解さにアイソをつかして去っていく。

 

私は自分の恋愛姿勢にずっとコンプレックスを抱いていました。

しかし、今ようやくこの年になって、人により「愛の程度」の出し方は違う、ということがわかってきたのです。

例えば、付き合っている男性が、別にあなたの愛の深さを確かめようと思っているわけじゃなくても、「オレのために〇〇してよ」とか「〇〇できるか」と聞いてきたとする。

 

私は恋する男のために盗みをすることはできない。

お金も全財産を貸してあげることはしないと思う。

けれど50万円くらいなら(それが戻ってこない覚悟で)貸してあげてもいいと思っています。

 

私は、病気になり入院している恋人を週に1~2回ならお見舞いにいける。

でも、結婚の約束もしていない状態で五年間それを続けられるかと問われれば、ちょっと自信がない。

「こういう服を着たら」と言われたら洋服くらいなら着てもいい。

 

毎日はともかく、少なくとも彼と会うときくらいはね。

でも仕事をやめてくれと言われたら、やはり反発すると思う。

自分が大切にしていることまで愛で失っちゃダメだと考えるからです。

 

私の愛の程度とはそんなものです。

一日中その人のことを想っていても、行動はそこまで、すごく常識的なのです。

だから、ある男性と出会った瞬間に恋におちて、その日からずっと一緒にいる。

 

なんて話は宇野千代さんの例などで知ってはいるが、私には絶対無理なのです。

一緒に暮らすことがやがて結婚に結びつくかを考え、周囲を説得して、しかるのちその人の家に行くなんて手順をふみそう。

そんな私だけれど、相手が仕事でSOSを出しているときに彼のために走りまわったりすることはよくあった。


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「〇〇をしている人、知らない?」とたずねられたら、電話をかけまくって何とか見つけてくる。

「〇〇という資料が少なくて発表が近いのに準備不足なんだよ」と聞けば図書館へ飛んで行き、関係ありそうな文献を片っ端からコピーした。

それを郵便局が閉まるギリギリに飛び込んで速達で出した。

 

「君ってこういう分野について詳しかったよね」ともちかけられれば実はそれほどでなくても、「私に任せてよ」とやってあげる。

このような行動に男性はすごく感謝してくれた。

しかし、感謝してはくれるが、感激してくれないのです。

 

男性が感激するのは「今日から一緒に暮らそう」と言ったら、バッグひとつで彼の胸に飛ぴ込んじゃうピュアさのほう。

なぜって、後先かえりみずの大胆な行動は犠牲をともなうかもしれないからです。

親の反対を押しきっての同棲は親から絶縁されることだってありうるし、仕事先に知れてマイナスになることだってある。

 

そんなことはひと言も口にせず自分のところに来てくれたんだなという彼女の愛情に、男性はロマンテイストだから、ほだされるのだと思う。

ところが、仕事の手助けのほうは、女性側の負担としては、せいぜい自分がやりかけたことを後回しにするくらいのもの。

リスクをともなうわけではない。

 

それが感激と感謝の違いとなってあらわれる。

しかし私は思うのだが、身ひとつで彼の胸に飛び込んじゃうタイプは、愛のダッシュ力はあるかわり、飽きっぽいというか持続力は今いちなのではないでしょうか。

いや、本人はその男性を好きでも、男の人のほうで彼女の奔放さや感情の起伏の激しさ、エネルギーのボルテージの高さに振りまわされ、離れていくということもあるような気がする。

 

人生の歩み方にも仕事のしかたにもうさぎとカメのタイプがあるように、恋愛のしかたにだってうさぎとカメの両方が存在するのです。

人生と違って愛はタイミングが決め手ではあるから、恋のレースに必ずしもカメが勝つとは思わないが、要は自分のペース、愛の程度を自覚していればいいのではないでしょうか。

ちなみに私の知り合いの女性は典型的なカメのタイプで、一人の男性を高校生のときから一途に想い続け、一五年後にとうとう結婚した。

 

彼はその間、火のように情熱的な女性と電撃結婚して離婚し、何人かの女性と暮らしもしたが、仕事を変え、海外に行くことになったとき、彼女に「僕についてきてくれるか」とプロポーズしたという。

彼女の気持ちがずっと自分に向いていることは、たまに会ったときの彼女の視線や手紙などでわかっていた。

彼女は静かに、粘り強く「愛のサイン」を出し続けていたのです。

 

さて、恋愛の本や雑誌の恋愛特集を読むと「恋の相手は慎重に選ぽう」「恋するサインは控えめに」「愛はゆっくり育てよう」などというアドバイスはとても少ない。

「一度ドロドロの恋をしてみろ」とか「思いきって目の前の恋に飛び込め」とか、そのての忠告だらけなのです。

でないと「あなたは女として一度むけない!」などと気にさわるひと言さえついていたりする。

 

そのような話はそれはそれで間違ってはいませんが、鵜呑みにすることはないと私は思っています。

でないと軽はずみな恋に走ったり、恋愛能力に劣等感を抱いてしまったり、本心は違うのに「恋は楽しめればいいのよ」と言ってみたりしてしまう。

年頃の女性ならば恋愛の行きつく先に結婚を考えるのは当然なのです。

 

中国には「女性を幸せにできない男は、男として価値がない」という言い伝えがあるそうだが、「あなたは私を幸せにする自信はある?私もあなたと楽しい生活を送れるように努力するけれど、自信があるならついていくわ」くらいの強気・現実路線を女の人はとってもいいのではないか。

現実路線といえば先ほどの話に戻って、私の愛の程度が常識的でハチヤメチヤにならないのは、自分はとりあえずこれから先も長い人生を歩まなければならないと想定しているからなのです。

 

ところがもし、自分を取り巻くシチュエーションが変わったら、私の愛の程度だってガラッと変わる。

例えば、私は学校を卒業して働きだしたばかりだとする。

そのとき恋人に「僕のために仕事をやめてよ」と言われれば、あっさりやめちゃうかもしれない。

 

自分の寿命があと数ヶ月とわかったら、貯金をすべて彼に貸すだろう。

また離婚を四回くらい経験して、男性に対して何の期待もしていないのなら、「今日から一緒に住もう」の誘いにのったりして。

しかし私は、現実の私たちは、あと何十年も生きていかねばならず、男の人にもそれ相応の期待をしているのである。ゆえに慎重に男性を見極めようとも思っているのです。

 

それって女として当然のこととは思いませんか。

 

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